世の中変わってみたいと思う人はたくさんいます。今の自分、今の立場に満足出来ず、どうしたらいいのかと考え、そういった潮流の一つが今の副業ブームでしょう。お金を稼ぐということだけでなく、承認欲求を満たしたいということもあるでしょう。ひいらぎやもその一人です。自分を変えたいからこのようなブログを始めたのでしょう。多分。
で、2ヶ月ほど書いて、3年経ってモチベーションが持たなくてそこで終わってたわけです。やっぱりその時点では一人でがんばっていて朱に交われていなかったんです。
人は記憶からできている。
さて、なかなか自分を変えるのは大変です。以前「人間、変わることは死ぬほど怖い」しかし変化を求めなければ何も変わらない。というエントリにも書きましたが、まぁそのままですね。変わることは死ぬほど怖いのです。なかなか自分で変わるための行動はできません。
ところで人間ってなにでできているでしょうか?そうですほぼ水ですよね。という物理的な話は置いておいて、人間の考え方や習慣は記憶からなり立っているはずです。小さい頃の躾の記憶、怖い想いをした記憶、身体で覚えている癖、などなどそういったことで人間の行動がかわっており、それがそれぞれのバックグラウンドとなっていますね。
今、小さい頃と書きましたが、記憶はもちろん今現在もどんどん蓄積されています。これからの自分を変えるには今から積み上げていく記憶にこれまでに無いものを積み重ねていくということが必要です。
さて、だとしたらこれからの記憶を変えていけば人は変われると言うことですね。もちろん、新しいことを習得するときにはその分野のことを勉強すると言うことで記憶の種類を変えていますよね。
自分を変えるには周りを変える
さて、ではどうするか。いまどき、オンライン・オフラインを問わずいろいろなコミュニティがあります。そこに入ってしまうのが一番簡単です。自分がやりたいようなこと、なりたいような人が集まっているコミュニティに入ることで、周りの環境を変えるのです。
そのようなコミュニティを形成している人たちは独自の習慣を持っているでしょう。スポーツチームは練習をするでしょうしたまに試合にも出て行くでしょう。ICT系のユーザーズグループなどでは関連する技術の質問やアップデート情報などの共有がされています。このようなスポーツや習い事、そして自分が使っているソフトウェアなどの情報交換はわかりやすい例ですが、今はブロガーのコミュニティなども増えています。こういったコミュニティに入ってその考え方を肌で感じるのが自分を変える近道です。
とはいえ注意したいこと
自分の背丈にあったコミュニティに入ると言うことを意識する必要があります。ただ、必死に勉強して優秀な高校に入っても、ぎりぎりで入ると、その中での実力は下の方になってしまいます。そうなって、落ちこぼれ状態になってしまうとモチベーションが維持出来なくなってしまいます。
スポーツチームのような一緒に練習をしてうまくなっていこう!という考え方があるものであればいいのですが(といいつつ、精神論第一の部活とかだとそうじゃないですけどね)、そういう考え方がない団体に入ってしまうと、無残な結末が待っています。
じゃぁ最初からそのコミュニティが良いかどうかがわかるかといわれたらそれはわかりません。他人にとて良くても自分にとって良いかもわからないですし、昨年良かったものが今年もよいとは限らない。ですのでまずは入ってみて、それでダメならさっさとやめればいいのです。
色々なコミュニティが増えているといいました。そう、同じようなコミュニティは他にもあります。そっちを今度は試してみれば良いのです。逆にいろいろなコミュニティを見てみると自分の懐が広くなっていくということもあるでしょう。
ひいらぎやのこのブログのケース
一度ブログを書くのをやめてしまったひいらぎやだったのですが、今回は3年前にたまたまブログを始めたきっかけにもなったNo Second Lifeの立花岳志氏が1ヶ月で100記事書こうという呼びかけをしてらっしゃって、手を挙げてそのグループに入れてもらったのでした。そして、さらに投稿したら意識してタグをつけてtwitterに投稿し、さらに、ブログ初心者という方々をたくさんフォローしました。そして毎日そのグループとtwitterをみてみるとみんなががんばっているのが流れてきたのです。見ず知らずの人ばっかりなのですが、「いいね」を押すと押し返してもらえたりそういうバーチャルなつながりが今のところ力になっています。こうして同じ境遇の人たちと勝手に交わることが出来たのでした。これは前回とは大幅に違う事です。
さてさて今度はずっと継続出来るようにがんばっていきたいと思います。
(このブログは2018年10月2日 8:50 PMに公開した物を再編集した物です)